新たな試みの詰まった初ホールワンマン
黒木ちひろ Hall One-Man Live『汀 -MIGIWA-』@茅ヶ崎市民文化会館小ホール 2024.5.6 Mon
ライブレポート
2024-05-06 [Report] by Backy☆OSAKA
透き通るような青い照明の中、優雅にBGMが響くステージ。ホールならではの高い天井を見上げると、あたかも澄んだ深海にいるかのような感覚に陥る。
ステージが暗転すると、黒木のギターソロから1曲目『叶わぬものの多さを知る』がスタート。スパンコールで彩られたエメラルドのワンピースが眩しい。曲が進むたびにバンドの音が徐々に混ざり合い、アウトロは波の音で締めくくられた。
2曲目は打って変わって、笑顔とともに新曲『波のまにまに』へ。本人曰く「優柔不断なダメ男の一人称ソング」とのことだが、愛嬌たっぷりの曲に仕上がっており、テンポの良さに自然と手拍子が湧き上がった。続く『青と黄色』も地元をテーマにした新曲。このホールワンマンをイメージして書き下ろされたという。
『calm』のようなおなじみの曲もホールの空間では一味違って聴こえるが、黒木の奏でるいつものブルースハープの音色が響くと、なんだかほっとさせられる。『轍』『Left Behind』そして『祈りの糸』では、ソロパートとバンド演奏のメリハリで、ライブならではの音の魅力を楽しませてくれる。
「音楽なんかでは、どうにもできない現実がたくさんあふれていて。だけど音楽でしかどうにかできない思いもある。音楽に救われた私は、心からそう思います。今日も私はいくつかの祈りを歌に込めてお届けします。そのうちのひとつでも、少しでも、何かを変える小さな力になったらとても嬉しく思います」彼女のこの言葉は「自身の曲」と「歌うこと」への思いそのものだ。
次の『箱庭』では、黒木ちひろのパフォーマンスの魅力のひとつであるルーパーを駆使した弾き語りを披露。ギターのボディを叩き、自身の声でコーラスを重ね、音が複雑になるたびに曲に緊張感と重みが増す。ライブハウスだろうとホールだろうとこの感覚は変わらない。
ここで黒木は椅子に座ると長いトークを始めた。ギターをつま弾きながら自身の生い立ちを語る。幼少時には絵を描くことがとても好きだったこと。中学に入ってからは完璧な優等生を目指そうとしていたこと。その後、不登校になりながらも音楽に出会い高校では軽音部に。曲を作ってはWeb上にUPしつつ、17歳の夏に初めて黒木ちひろとしてステージで歌ったこと。二十歳の頃にトーナメント制のイベントで勝ち抜きZepp Tokyoのステージに。その時に初めて両親をライブに呼んで歌ったのが『lemon』。「レモンには”出来損ない”という意味もあるんです」。この曲を披露する際に必ず口にするが、曲中にはそこから再生するまでのストーリーが紡がれている。
続いたのは新曲『DUMMY』。この言葉には“黙る人、何も言わない人”という意味もある。“何も言わない=愚か”という悪口にもなったりする。ルーパーでの多重演奏が歌詞のメッセージ性を際立たせ、余韻を響かせた。
暗転したステージ上。いつの間にか黒木はピアノの前へ移動し、緩やかな旋律を奏でる。ここでバンドと新たにストリングスのメンバーが入場。黒木のピアノがリードする中、バンドとストリングスが加わった編成での『葉桜』。そして前編英語詞の『Love is the way』では、ピアノと弦楽器のアンサンブルをたっぷり楽しませてくれた。高校時代からの盟友である松谷萌率いるストリングスを紹介しつつ、息のあったアンサンブルが続く。ストリングスを交えたサウンド創り。これは初ホールを迎えての大きな試みであり、その成果が贅沢な音色となり会場中にこだました。
『はじまりとおわり』は、先ほど自ら語った生い立ちと、それに結び付く思いを綴った曲。「夢は叶わないものでした」から始まる曲だが、そこには自身への思いのみならず、この曲に関わる人すべてに対しての大きなメッセージが込められている。時折、客席に顔を傾けて歌う姿勢からも彼女の「伝えることへの意志が伝わってくる。
リズミカルに『OLIVE』を奏でた後、再びギターを抱える黒木。木漏れ日に照らされるかのような照明の中、イントロが始まったのは『太陽さがし』。黒木ちひろを代表する“陽”の曲だ。ライブもいよいよクライマックスへ。ここで会場をひとつにしたのが、入場者全員に配られたキーホルダー型のライト。「茅ヶ崎と黒木ちひろを繋ぐものって何だろうって、すごく考えて。絶対真夏の太陽とかサーフィンとかじゃないんですよ(笑)。でも、湘南には夜光虫が発生するんです。夜光虫っていうのはプランクトンなんですが、小さな彼らでもたくさん集まると波打ち際が全部光って、とても幻想的な風景になるんです。その様子が黒木ちひろっぽいんじゃないかなと思って」スイッチを入れると青く光るライトが会場中を埋め尽くす様子は、まさに汀に漂う夜光虫さながら。この光景にはステージ上のメンバーからもため息が漏れた。
夜光虫の瞬く水面と化した客席を見下ろし、満面の笑みを浮かべる黒木。「今日はみなさまが瞬かせる星の中でこの歌を歌いたいと思います」そう告げて歌ったのは、沖縄に行ったことをきっかけに作った反戦歌『宇宙の島』。「今、この瞬間。この場所を世界で一番平和な場所にさせてください」黒木の願いが会場中に夜行虫の光となって揺れる。「光をみなさんが見つけ続けられるよう」続いての曲は、再びピアノに移動しての『光の在処』。ビオラの旋律が印象的に響き、優雅さの中にも力が漲る曲だ。
「次で最後の曲になります。もう一度ライト点けてもらってもいいですか? この光を灯してくださっている一人ひとりのみなさん。この温かい空間を創ってくださっているみなさん。みなさんの支えなしでは私は歌えていません。私の誇りは私の周りにいる人たちなんです。夢を見るなら愛や優しさで成功させたいんです。そしたら“愛を持って生きていていいんだ。優しいままで生きていていいんだ”って、誰かに届けられると思うんです。そんなことを本気で心から思っています」。この日最後のメッセージとともに、この瞬間のために書き下ろした『夜光虫』で初ホールワンマンは締めくくられた。イントロでは観客に背を向け、いやステージに立った仲間に向かって手を広げ、ホールの音を浴びるかのように天井を見上げる黒木。バンドサウンドとストリングスを最大限に生かした曲の世界観。そして、間奏のストリングスの旋律。いずれもこの日のライブ『汀』という作品の締めくくりに相応しい。シャウト気味に思いを吐き出すかのように歌う黒木。それに呼応するかのように客席には青い光が瞬いていた。
Written by Backy☆OSAKA
Photo by Atsushi Nozaki
Hall One-Man Live『汀 -MIGIWA-』セットリスト
▼アコギ×バンド
1. 叶わぬものの多さを知る
2. 波のまにまに
3. 青と黄色
4. calm
5. 轍
6. Left Behind
7. 祈りの糸
▼アコギ(+ルーパー)弾き語り
8. 箱庭
9. lemon
10. DUMMY
▼ピアノ×バンド×ストリングス
11. 葉桜
12. Love is the way
13. 雫
14. 種
15. はじまりとおわり
16. OLIVE
▼ギター×バンド×ストリングス
17. 太陽さがし
18. 宇宙の島
19. 光の在処
20. 夜光虫
【BAND】
Guitar:オオハシヒロユキ
Bass:児玉幸大
Drums:中島聖悟
【STRINGS】
Violin:松谷萌江
Viola:シモタニ
Cello:安藤葉月